コートジボワール大使館の横の空き地に
タンポポが咲いていて
そのまわりでシロツメクサが踊っていた
なにか挨拶をしようと思って息を吸ったら
ぼくの肺には穴が空いていた
子供の頃住んでいた団地の駐車場の
砂利の上にもタンポポが咲いていた
摘んで綿毛を飛ばした後の茎の先っぽの丸い所は
よく見ると綿毛の数だけぶつぶつになっていて
見ていると気持ち悪くなりそうで指で潰した
散歩をしているように見えるかもしれないけれど
ぼくは旅をしていた。駒場東大の敷地を越えて
古本屋もカレー屋も通り過ぎて
枯れない泉のオアシスを目指していた
だからスニーカーはいつだって砂まみれ
思い出が足に絡まってうまく歩けないようならば
記憶をすべてコインロッカーに預けてしまえばいい
小さな鍵は前を向いたままに後ろに放り投げ
鼻歌まじりで人ごみの中を進んで行く
シルクハットの中の無精卵が孵化したような気分で
タンポポを真横から見たってつまらないだろう
ぼくたちは決まりきった道の上にいるわけじゃない
十二色もあればどんな風景だって再現できるはず
左でも右でも君を抱きしめるのに都合なんてないから
カラスが騒がしい雑木林の中でもぼくはよく眠れた
今日も時間が過ぎてゆく
寝ている猫の鼻先をかすめながら
そういえば昔ほどタンポポを見なくなった
五月の優しい青空を見上げながら
半開きのぼくの口が何かを語りだそうとしてる