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詩

眠りについて語らなければならないのかもしれない

眠りについて語らなければならないのかもしれない。
それはなぜだか分からないのだけれど、ぼくは眠りについて語るだろう。
それがぼくの宣言であり、眠るぼくの眠りを語ることができるのはぼくだけで、その権利を所有するのも他ならぬぼくだけであるのだから。

眠りとは、眠ることであり、「目覚め」という状態が訪れていないということを表すことではないのだと思う。
実際にぼくは、目覚めていないのに眠っているわけではない時という状態をしっていて、そのようにして過ごすことが度々あるからだ。
ではそれがどのような状態かと問われると、言葉で上手く説明できないから困ってしまうんだけど、するとすれば、その問いに対して間髪いれずに「やってみりゃ分かるよ」と被せることくらいしかできないなぁと思うことしかできない。

ぼくはここのところ眠り続けている。
他でもない今が、まさに眠りの最中でもあるわけだし。

現との境を彷徨ったり、夢をみたり、夢にみられたり、眠りは常に動的に変化を繰り返し、ぼくの眠りはその眠りの内部で躍動している。

きっと目を覚ますと、傍らで同じく眠っているK.は、もうベッドを抜け出して、外の世界で活動を始めているのだと思う。
さっきまでそこにいたはずのシーツのシワや温もりからK.を読み取ることで、ぼくはまたあれこれ詩の種みたいなものを見いだし、意味のない言葉を組み合わせては一喜一憂し、虱のように潰した暇をつないで次の眠りを待つのだろう。
そんなことを繰り返しているうちに、ぼくの眠りはいよいよ深化していくのだ。

また深い眠りがぼくにすり寄ってくる。

眠りについてぼくはなにかを語ったのだろうか。

二〇〇九年〇三月〇五日(木)

眠りについて語らなければならないのかもしれない

眠りについて語らなければならないのかもしれない。
それはなぜだか分からないのだけれど、ぼくは眠りについて語るだろう。
それがぼくの宣言であり、眠るぼくの眠りを語ることができるのはぼくだけで、その権利を所有するのも他ならぬぼくだけであるのだから。

眠りとは、眠ることであり、「目覚め」という状態が訪れていないということを表すことではないのだと思う。
実際にぼくは、目覚めていないのに眠っているわけではない時という状態をしっていて、そのようにして過ごすことが度々あるからだ。
ではそれがどのような状態かと問われると、言葉で上手く説明できないから困ってしまうんだけど、するとすれば、その問いに対して間髪いれずに「やってみりゃ分かるよ」と被せることくらいしかできないなぁと思うことしかできない。

ぼくはここのところ眠り続けている。
他でもない今が、まさに眠りの最中でもあるわけだし。

現との境を彷徨ったり、夢をみたり、夢にみられたり、眠りは常に動的に変化を繰り返し、ぼくの眠りはその眠りの内部で躍動している。

きっと目を覚ますと、傍らで同じく眠っているK.は、もうベッドを抜け出して、外の世界で活動を始めているのだと思う。
さっきまでそこにいたはずのシーツのシワや温もりからK.を読み取ることで、ぼくはまたあれこれ詩の種みたいなものを見いだし、意味のない言葉を組み合わせては一喜一憂し、虱のように潰した暇をつないで次の眠りを待つのだろう。
そんなことを繰り返しているうちに、ぼくの眠りはいよいよ深化していくのだ。

また深い眠りがぼくにすり寄ってくる。

眠りについてぼくはなにかを語ったのだろうか。

二〇〇九年〇三月〇五日(木)

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