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詩

書きかけの言葉を目で追いながら

書きかけの言葉を目で追いながら思うのだけど、書いている言葉はすでに書かれた言葉に迫られ、意味という逃げ場所に帰ろうとしているのではないだろうか。
例えば「空が青い」と書かれていたとして、その後にくる言葉は「空が青い」から独立したものであるはずではなく、イマジネーションなんてものは、暗い箱の中といったような比喩にもならない曖昧な響きでしかないと思われるとき、ぼくが見ている世界というものが音もたてずに瓦解していき、ダーと崩れ落ちる極小の記号のようなものが偶然寄り集まって形をなしているような錯覚がきっと、単なるぼくという存在なんだろう。
そう考えていると、いまこうして紙の前でそれぞれに思いを巡らせながら自分自身を表現しようとしているクラスメイトたちのことがむしょうに愛おしく思えてきて、と同時に、ぼくはぼくがその景色の中にいないということが悲しく思える変わりに、ぼくの言葉に無用の価値を見いださなければならないような気がしてきて、呼吸を意識するという、逃れようのない生存の最小単位をとりあえず守っておこうと、ハトよりも消極的にペンをクルクル回したりしている。

それでも時間は流れている。風が吹いていなかったら、感じることさえできない世界に。

二〇〇九年〇五月〇二日(土)

書きかけの言葉を目で追いながら

書きかけの言葉を目で追いながら思うのだけど、書いている言葉はすでに書かれた言葉に迫られ、意味という逃げ場所に帰ろうとしているのではないだろうか。
例えば「空が青い」と書かれていたとして、その後にくる言葉は「空が青い」から独立したものであるはずではなく、イマジネーションなんてものは、暗い箱の中といったような比喩にもならない曖昧な響きでしかないと思われるとき、ぼくが見ている世界というものが音もたてずに瓦解していき、ダーと崩れ落ちる極小の記号のようなものが偶然寄り集まって形をなしているような錯覚がきっと、単なるぼくという存在なんだろう。
そう考えていると、いまこうして紙の前でそれぞれに思いを巡らせながら自分自身を表現しようとしているクラスメイトたちのことがむしょうに愛おしく思えてきて、と同時に、ぼくはぼくがその景色の中にいないということが悲しく思える変わりに、ぼくの言葉に無用の価値を見いださなければならないような気がしてきて、呼吸を意識するという、逃れようのない生存の最小単位をとりあえず守っておこうと、ハトよりも消極的にペンをクルクル回したりしている。

それでも時間は流れている。風が吹いていなかったら、感じることさえできない世界に。

二〇〇九年〇五月〇二日(土)

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