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詩

息を吸い、息を吐く

息を吸い、息を吐く。そんな当たり前のことをぼくは考えていた。配られた紙の上に言葉を並べていると、あらゆるものに意味という輪郭が与えられ、考えなくてもいいようなことを考えてしまっているという感覚におちいるのだけれど、そもそも考えなくてもいいようなことってあるのだろうかとか思ったら、そんなものはなくて、意識して考えていることをずっと細分化していったら意識していない心の領域にまでイメージだけは進行していって、そのところにあるのはきっと、日差しが気持ちいいとか、暗闇がおそろしいとか、そんな理由もなく定義してしまえるような感覚のことのような気がするけれど、少し前からぼくはずっとおしっこがしたくて、結局、ぼくのあらゆる思考はおしっこがしたいという生理的な現実の前に無力で、生のそれならまだしも、それが性によるものだったりすると、なんだか自分に幻滅するような気がするのだけれど、幻滅している理由は、幻滅することがぼくの身体が所有する性の欲求を優位にしようと事後処理としての補填のようなものをしようとしているような気のようなものが下腹部のあたりから迫り出してきて、なにもかもを手放したくなる衝動のギリギリ手前のところで、詩が書けたりする。おしっこがしたいということがこの場合においてとても紛らわしいことだから、おしっこについてあまり考えたくないと思う心の有り様と、おしっこをこのまま垂れ流さないようにつとめている筋肉の運動の主従関係がぼくにはよく分からなくて、そんなことをしていたらモーメル先生と目が合って、思わず視線を逸らしたぼくを、モーメル先生は気が弱い内向的な性格とか、半年後くらいに思い出すさり気なさできっとぼくを少しだけ視界にいれながら、窓の外の出所の大きな作用で動く物にゆるく視線を合わせているんだろうなと思った。

そうかんがえると(そう考えずとも)、詩は、花の香りのようであってほしいと願いのような形でぼくは思う。

二〇〇九年〇五月〇一日(金)

息を吸い、息を吐く

息を吸い、息を吐く。そんな当たり前のことをぼくは考えていた。配られた紙の上に言葉を並べていると、あらゆるものに意味という輪郭が与えられ、考えなくてもいいようなことを考えてしまっているという感覚におちいるのだけれど、そもそも考えなくてもいいようなことってあるのだろうかとか思ったら、そんなものはなくて、意識して考えていることをずっと細分化していったら意識していない心の領域にまでイメージだけは進行していって、そのところにあるのはきっと、日差しが気持ちいいとか、暗闇がおそろしいとか、そんな理由もなく定義してしまえるような感覚のことのような気がするけれど、少し前からぼくはずっとおしっこがしたくて、結局、ぼくのあらゆる思考はおしっこがしたいという生理的な現実の前に無力で、生のそれならまだしも、それが性によるものだったりすると、なんだか自分に幻滅するような気がするのだけれど、幻滅している理由は、幻滅することがぼくの身体が所有する性の欲求を優位にしようと事後処理としての補填のようなものをしようとしているような気のようなものが下腹部のあたりから迫り出してきて、なにもかもを手放したくなる衝動のギリギリ手前のところで、詩が書けたりする。おしっこがしたいということがこの場合においてとても紛らわしいことだから、おしっこについてあまり考えたくないと思う心の有り様と、おしっこをこのまま垂れ流さないようにつとめている筋肉の運動の主従関係がぼくにはよく分からなくて、そんなことをしていたらモーメル先生と目が合って、思わず視線を逸らしたぼくを、モーメル先生は気が弱い内向的な性格とか、半年後くらいに思い出すさり気なさできっとぼくを少しだけ視界にいれながら、窓の外の出所の大きな作用で動く物にゆるく視線を合わせているんだろうなと思った。

そうかんがえると(そう考えずとも)、詩は、花の香りのようであってほしいと願いのような形でぼくは思う。

二〇〇九年〇五月〇一日(金)

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