今日から有希子がホテルに籠って執筆をするという。果にとってお母さんとこんなに離れるの初めてなんじゃないかな。何は明らかにうるさいお母さんがいなくて嬉しそう。俺が細かいことは面倒くさくて「いいよ」って言っちゃう性質を良く理解していてギリギリのわがままを通してくる。それはそうと朝からインフルエンザの予防接種をした。そのくだりで有希子とまた大喧嘩になった。喧嘩っていうほど華のあるやり合いではなく、どちらも言葉を生業にしているところもあるからか、軽い口論はいつしか血みどろの泥仕合になる。付き合いたての頃は、マジでお互いが泣かされることもあったけど、さすがにそれ以上行ったらダメってラインをいつしか理解するようになり、なんとなく引かれた鉄条網によって大きなバトルはほとんどなくなった。とはいえ、特に有希子の締め切りが迫っている時には、その冷戦的な和解をゆうに超えてくるから、こちらとしても必死だ。俺は性格的に感情的になりにくいから淡々と話をしようとするんだけど、どうやらそれがムカつくようで、火に油となる。執筆先まで送るはずだった話も当然反故となり、一眠りしてベランダで呆けていたら、こんな気持ちじゃ小説どころじゃないだろうなと、さすがにそれは可哀想というか申し訳ないなと電話して、俺の非の部分は言葉にして謝った。はっきり言って、これだけ長いこといるんだから喧嘩なんて如何様にも回避はできる。だって双方にとって、何が嫌で何が大切かほぼ理解できているのだから。有希子は視野が狭いのに懐が深い。多分俺は視野が広くて懐が狭い。狭いってことはないか、浅くて広い。ま、どっちでも良くて、電話を切った後に、歌詞みたいな詩が生まれた。あ、これは歌詞だな。本当にしょーもない歌詞だけど、本当のことが書かれていたから、とりあえず直太朗に送ったら「これはこれは」と勘弁してくれよ的な返信があったから「本気出すと、どうしてもレアトラックスになっちゃう」と送った。国破れて山河ありって詠ったのは杜甫だったか。トホホって気分とマッチした。